私は大阪市北区西天満というところで司法書士をやっています。

以前、私は司法書士とは図書館のお姉さん(図書館司書)のことだと思っていました。

社会人3年目の秋、当時の彼女が資格の本を手につぶやきました。

「司法書士の勉強でもしてみようかな」

「図書館のお姉さんになるの?がんばりや~」と私。

「一般常識がない!」

と彼女に小一時間説教されたことがきっかけで、
私は司法書士という資格について調べ始めます。

「なんやねん、この知名度のない資格は!

法律家は弁護士、カバチタレは行政書士。司法書士なんて知らんわ。」

と憤りながら・・・。

調べてみると、登記の専門家で裁判書類も作成する街の法律家とだとか。

 

さっそく、LECという資格専門学校の無料説明会に行ってみたのでした。

専門学校の無料説明会で

「こんな仕事が世の中に存在したのか!」

と興奮した私は、ほどなく講座の申込みをしてしまいます。
年に1回しか試験がなく、合格率が2.8%の難関であることなど気にせずに・・・

 

 

会社勤めをしながら専門学校に通うのは大変でした。

京都の半導体企業で材料調達(バイヤー)をしてたのですが、まず、
夕方の講義に間に合うよう仕事を終わらせるのが大変です。

間に合っても睡魔との闘いです。

ガムをかみます。

くちゃくちゃ音がするだけです。

ボールペンをふとももに突き刺します。

「痛い・・・。痛いけど眠い・・・。」

いつも闘いに負けてばかりでした。

そんなこんなしてるうちに転機が訪れます。

できるだけ効率よく仕事をこなし、講義のある日は定時に退社して、予備校に駆けつけてました。

すると、上司の命により、購買額4倍の材料を扱うことになりました。
購買額が増えるのは出世するにはいいことです。購買額が増えれば、それに比例してコストダウン金額も増え、自分の成績も上がるからです。しかし、司法書士受験生との二足のわらじを履く私には自分には本当にきつかったです。

扱う材料が変われば、またその材料について一から勉強し直しです。文系の自分には半導体の材料なんてチンプンカンプンです。

毎日残業で講義にはさっぱり出れなくなっていました。

このままでは一生かかっても合格はできない。

10年後自分はどうなっていたい?会社で出世していたいのか、司法書士として依頼者さまのお役に立っていたいのか。

依頼者の安心する顔や喜ぶ顔を見ながら仕事をしたい!

そう思った私は4年間勤めた当時、超優良企業だと言われていた会社を退職します。

 

その後、無職、職業訓練校生、フリーターを経て、司法書士事務所に補助者として勤務しながら勉強を続けました。

勉強のやり過ぎで手首が腱鞘炎になり、病院で痛み止めの注射を打ってもらいながら勉強したこともありました。

合格点に1点足らずで落ちた年もあれば、総合では合格点を超えていながら書式で0.5点足らずに落ちた年もあります。
毎年合格発表の後は涙を流しながら机に向かいました。

 

合格した年、法務局の掲示板で自分の受験番号を確認して妻に電話で報告すると妻も泣いていました。

そう、「司法書士は図書館のお姉さんではない」と私に説教した彼女は
私の妻になっていたのです。

 

その後、いくつかの事務所で修行したのち、大阪市北区で開業して現在に至ります。

「司法書士は図書館のお姉さんではない」と知ったことで、こんなにも人生が変わるとは思いもしませんでした。

今は、依頼者さまのお役に立てるこの仕事に誇りを持って、毎日司法書士をやっています。

 

このブログは

  • 40歳になって始めたマラソンのこと
  • 悪戦苦闘している育児のこと(息子一人、娘一人)
  • 司法書士のこと

などを書いております。

 

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